第14章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜 恋心 〜 ①
布巾の下から飛び出して、秀吉の指に噛み付いたのは、
「……兎?!」
真っ白な、左右色違いの瞳が印象的な兎だった。
そのフサフサの毛並みに不似合いな目つきの悪さで秀吉を睨み、威嚇していた。
その反射的に攻撃してきた様や、鋭い視線での無言の反発…どれをとっても上杉謙信…あの男しか思いつかない。
(…なんか苛つくな、この兎…。)
秀吉が兎とにらめっこしていると
「だからダメって言ったのに!」
可愛らしい美蘭の怒った声が聞こえ
「……っ?!」
流れるような所作で秀吉の怪我した指をパクリと咥えた。
「「「 ……っ! 」」」
政宗、家康、三成が、凝視していることになど全く気付かず、チュウチュウと指を吸う美蘭。
生暖かい美蘭の粘膜に包まれた指から、思わず秀吉は、身体の芯を熱くした。
見ていた三人も、何故か変な気分になり、心身ともにザワつき、ゴクリと喉を鳴らした。
そんな複雑な男たちの事情に気づいていない美蘭は
「…っぺッ!…兎は可愛いけど、噛まれてバイ菌が入ったら大変でしょ?この子人見知りだから気をつけてね?」
暫くすると、吸い出したバイ菌を近くに吐き出した。
「ばいきん…?」
「…ん〜。毒?とか汚れが傷口から身体に入ったら、大変!ってことだよ?」
「…っ!…そう…か。ありがとうな?」
「どういたしまして♡」
秀吉は、眩暈がした。
何をされても
何を言われても
美蘭が可愛いくて仕方がない。
安土で暮らしていた時から可愛がっている自負はあったが
信長が大切にしている美蘭を、妹のように世話を焼いていたつもりでいた。
だが、武田信玄に攫われ、
事もあろうか、上杉謙信と恋仲になったと聞いてから
秀吉の心は荒れていた。
信長のモノなら仕方ない。
唯一、秀吉の想いを封じ込めていた箍は、とうに外れていたのだ。
こうして久々に美蘭に会って、
秀吉は、実感してしまった。
(…俺は美蘭を…意識しちまってる…。)
だが、今更気づいたところで、
美蘭は今や上杉謙信のもの。
初めから
終わっている
…そんな行き場のない想いに、
秀吉は胸が締め付けられた。
続