第13章 恋知りの謌【謙信】湯治編の番外編 〜佐助の苦悩〜
「湯加減はいかがですか。」
「…湯加減は良いが…。痒いな。」
謙信は2日前、この湯治場にやってきた初日に、
山草に無知な美蘭が、うさぎを追いかけて、触るとかぶれると言われている漆(うるし)の木に突っ込みそうになったところを、美蘭にぶつからぬように木を咄嗟に両手で押さえて避けてやった。
その2日後。…それが今なのだが、
謙信は、例に漏れず漆かぶれを発症した。
漆かぶれに効くという杉の葉を浮かべた湯の中で、
両手のひらにできた赤い複数の湿疹の様子を見ながら、風呂場に控えている佐助の話に耳を傾けていた。
「いま美蘭さんが薬を探しにでてくれてます。水疱にはなっていませんし…早めに治りますよ。」
「……薬…か。」
佐助は、謙信の微妙な表情の変化に、すぐに気がついた。
謙信に面識のない者が見ても気付かぬほど微妙な変化であったが、それは、明らかに不愉快な表情である。
かぶれが発症した直後、佐助が薬師(くすし)を訪ねたら、漆かぶれに効くとされている沢蟹の甲羅をすり潰した薬が切れており、薬師は大慌てで、沢に蟹を捕まえに行ってしまった。
沢は離れの近くにないから、薬師が薬を用意できるまでには、まだだいぶ時間がかかるであろう。
それを聞いた美蘭は、心当たりがある…と、何か思いついたように飛び出して行った。
(…どう考えても、家康さんの所だよな。)
織田の武将達もこの湯治場に来ていて、離れもすぐ近く。そこに薬草や治療法に明るい人物がいるのだ。
謙信とて、同じことに思い当たっているだろう。
それが、謙信に不愉快な顔をさせていることがわかる佐助は、ため息をついた。