第30章 捕らわれた未来(3)
「……ひまり」
名前を呼びながら、ひまりのぬくもりと甘い香りを身体中に刻み込ませる。戦に行ったら、当分は帰れない。だから瞬きすら勿体無い束の間の時でも、一瞬でも長くひまりに触れていたい。
俺は背中に回した腕に、更に力を入れる。
ーーまたくるから。
風の音に紛れ、微かに耳に届いた男の声。気のせいだ、と言われれば気のせいだとも思える程度。風の音が一瞬そんな風に聞こえただけかもしれない。
それぐらい確かなものじゃない。
「……家康?」
ひまりの瞳に、はっきりと俺が映る。まるで俺しか見てない、と訴えているように、真っ直ぐに見つめられ一気に酒が回る。
「……今すぐ、抱きたい」
俺は何かを振り切るように、ひまりの髪に顔を埋め囁く。気のせい、気のせいに決まっている。ひまりはここにいる……俺の腕の中に、こうして。
「家康……ん……」
さぁっ、夜風が髪を揺らす。
微かに感じた胸騒ぎに、
気づかないフリをして
何度も唇を重ねた後……
崩れ落ちるひまりを抱き上げ、
丸い月に背を向け、その場を後にした。