第84章 あなたにもう一度 プロローグ
「母上……どのようにすれば、父上のように立派になれますか?」
竹千代はワサビに林檎をあげながら、顔を上げ私を見る。
「ふふっ、どうしたの急に?」
もうすぐ五歳になる竹千代は、私の世界では考えられないぐらい話し方も物腰もしっかりしている。
それは家康が自分の世継ぎとして、愛情と厳しさの両方を沢山注いでくれたから。
下手したら私より十分立派に見えるのに、そんな風に質問され思わず聞き返してしまう。
「……先日、父上に母上をお嫁さんに欲しいと申したら、絶対に駄目だと言われてしもた」
どうしても欲しかったら、俺より立派になってから言いに来い、と。
「ぷっ…!そ、それで、そんな事聞いたのね」
私は思わず吹き出しながら、竹千代と目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「……私にとって二人はどちらかなんて選べないぐらい、大好きで大切な存在……でもね」
母上は、父上のお嫁さんだから竹千代や時姫に会えたんだよ?
「ふふっ……だからあなたが父上のように立派な人になった時は、きっと素敵な人に出逢えるから」
ゆっくり大人になって行こうね。
この時まで私は、本気でそう思ってた。
未来では五歳なんてまだまだ全然子供で、ただ走り回って色々な物に興味を持って、少しずつ自分を見つけながら……沢山泣いて、沢山笑って、一緒に時を過ごしながら、成長していく姿を側で見ていたい。
そう思っていたのに。
「五歳になれば、教育係が必要になる」
この戦国時代では、それは叶えられない願いだった……。