第84章 あなたにもう一度 プロローグ
ある昼下がり、私は二人の子供達と一緒に久々に森へ向かいワサビに会いにきていた。
「ワサビ〜〜!」
カゴいっぱいに赤い林檎を詰め、静かでのどかな森の中を歩く。
竹千代が産まれた翌年___
怪我も完全に治り、みるみる成長し大きくなったワサビの姿を見て、家康は森へ返す決断をした。
自然の中で、ちゃんと生きていけるように……それは家康なりに考えた愛情。
それでも私達は餌が少なくなる時期だけ、時々森に訪れてはワサビに会いに来ていて……子供達が一緒に駆け回り喜ぶ姿を見て、家康も嬉しそうにしていた。
「母上!あの木の近くにっ!」
竹千代が指差す方向に、短い尻尾が見えて私達は近づく。ワサビも足音に気づいたのか、振り返り駆け寄ってくる。
「今日、家康は仕事で来れなくて……今度会いに来る時は必ず一緒に来るからね」
擦り寄るワサビの頭を撫でながら私がそう言うと、子供達はカゴから林檎を取り出し差し出す。