第57章 約束の地へ(12)
俺は女に羽織を被せた後、倒れた文机を起こし散らばった書籍を拾う。涙声で叫ぶ女の声を無視して、元どおりに積み上げた。
「………悪いけど、ひまりの代わりなんてどこにもいないから」
「女がっ、……ここまでしてもっ、…駄目なんですか?」
「あんたが何度言い寄ろうが、何しようが俺には興味がない」
まして、初めてひまりを抱いたこの部屋で他の女を抱くなんて……
俺にとったらただの苦痛でしかない。
ーー……い、え……やす。
ひまりが俺の呼ぶ声は、もっと甘くて。
何度肌を重ねても、恥ずかしそうにする姿が可愛くて。
ーー私も、家康しか……やだっ。
我儘でさえ、俺を全部虜にしてしまう。
「……俺にあんたは抱けない」
俺が欲しいのは。
俺が触れたいのは。
俺が抱きたいのは。
「俺のひまりだけだ」
俺が真っ直ぐな視線を向けはっきりとそう告げると、女は身体を震わせ羽織を握りしめた。
「い、いなぁ……家康さんに、そこまで想って貰えるなんてっ」
なら……せめて、ひまりさんが戻らなかったら、また会ってくれますか?
その言葉に少し間を置いた後、俺は口を開く。
「ひまりは、必ず帰って来る」
今度こそ俺は、ひまりを信じる。どうしても戻らなかったら、その時は俺が、ひまりを迎えに行く。引っ張ってでも連れ戻す。佐助に止められても、歴史がどう変わるかは知らないが、何年かかってでも、時を越えてみせる。
だから……
「……だから、次にあんたに会う時は、ひまりも一緒だから」
もう俺の中の不安は、一切消えていた。
女を家臣に送り届けさせた後、俺は箱から写真を取り出す。四角い枠の中には俺が見たこともない景色が背後に広がり、そこに不思議な衣装に身を包んだひまりの姿。
俺には想像も出来ない世界。
それがそこにはあった。
何枚かある中で、一番気になる一枚を見つめる。
小さな子供を抱き、
優しい笑みを浮かべるひまり。
胸が苦しくなるぐらい……
綺麗だった。