第56章 約束の地へ(11)
「…………思い出した」
私は自分の身体を抱きしめる。
音もなく、今までずっと存在していたみたいに……静かに、私の中に戻ってきた。記憶を覆っていたものが、時間をかけて少しずつ剥がれ……最後の一枚が、さっき剥がれ落ちた。
「やっと…全部…思い出したのに……」
空白の三ヶ月間。
その記憶が戻ったのに……
思い出すのと同時に、私は後悔した。
図書館で意識を失う前に、見えた文字。
ーー徳川家康
200年以上続く、江戸幕府を開いた初代将軍。
家康はちゃんと私の願いを、叶えてくれた。
もし、帰ってくることが出来なかったら……その時は、私のことは忘れて家康が信じる道を突き進んで下さい。必ず生きて、必ず道を辿ってくれたら私は時を超えて、家康の存在を知ることが出来るから……。
「自分でそう手紙に書いたんだから……」
きっと、誰か素敵な人と出会って……幸せな家庭を作って、平和な江戸時代を築いてくれたに違いない。
「戻り方も解らないし、もう素敵な人に出会ってるか、も……しれないし」
耳飾りの上に、ポタポタと涙が落ちる。
「…最後にっ…すて…き、な……贈り…もの…もっ…、らえた……っし」
仕事も楽しいし。
大好きなケーキも食べれるし。
友達もいるし……。
「っ……ひ、っく……」
私は必死に言い訳を考える。
でも、それは向こうの世界でも一緒。
針子の仕事は楽しかったし。
ケーキも作れたかもしれないし。
皆んなもいる。
そして、何よりこの世界には
家康が居ない。
記憶を失ったんじゃなくて、もしかしたら、私が消してしまったのかもしれない……もう二度と家康に会えなくなる。
そう思うのが何より……
辛くて
怖くて
悲しくて
苦しくて
その気持ちが
記憶を覆ってしまったのかもしれない。
「……い、…えやすっ」
戻りたい。
帰りたい。
会いたい。
待っててくれてるかもしれない。
でももう、私を忘れてしまったかもしれない。
もう、他に好きな人が出来たかもしれない。
色んな感情がぐるぐる回る。
私が側に居なくても……
やっぱり、家康は偉大な人だったよ。