第12章 王覧試合
『…知ってるよ。』
優しく髪をとくような大きな手。
返事はするが顔はまだ上げようとはしない。
「貴族連中にも私から上手くお断りの返事を出そう。君の意思は関係なく、兵団として手放せないとね。」
『…ありがとう。』
「あとは傷心のお姫様は何をしたら機嫌を直してくれるのかな?」
見透かされていた。
本当はこの手紙を前にしてイライラしていたわけでも、嫌いな仕事をしていて落ち込んだわけでもない。
ただ、リヴァイに負けた事が悔しかったのだ。
「よくやったよ、あの場の君の判断は正しい。」
形勢逆転の手段はいくつかあった。
けれどあの時、アゲハはそれをしなかった。
『…怖かったんだ、私はエルヴィンとは違うから。』
「そうだな。」
『…私はリヴァイの心臓は受け取れない。』
自分はエルヴィンという一人の男に心臓を捧げた。
それは一生涯の愛の誓いではない、彼に自分の責任を全て丸投げしただけだ。
自己犠牲でもなければ、奉仕の心でもない。
自分だけではどうしようもない、もっともっと黒く冷たくドロドロした何かを心臓と一緒にエルヴィンに背負わせた。
「アゲハ、少し休みなさい。」
『エルヴィン、ごめんなさい。』
今更になって気がついても遅い。
全部、弱い自分の招いたことだ。