第11章 誰のもの
『エルヴィンもこんな気持ちだったのね〜、なんかゴメンなさい。』
いつも無駄に喧しく、無駄に元気なアゲハの様子がおかしいとは思っていたが、この言葉には思わず手を止めずにはいられなかった。
ポン、ポンと決算書への捺印作業は進めているが、まるで心がここにない。
単純作業を繰り返す人形のようにすら見える。
「また熱でもあるのか?」
ペンを置き、立ち上がったエルヴィンの大きな手がピタリとアゲハの額に重なる。
「…熱はなさそうだが。何かあったのか?」
彼女には王覧試合に出す兵の選抜と関係手続きの一切を任せていた。
兵の選抜は大変かもしれないが、特に難しい仕事ではないはず。
『昨日、久しぶりにリヴァイが来たの。』
「リヴァイが?」
その名を彼女の口から聞くのは久しぶりだ。
最近はミケやハンジから聞いていることの方が多かった。
『そうなの。それでね、私と同じ事を言ったのよ。』
「君と同じこと?」
エルヴィンの脳裏に浮かぶのは、初めて彼女を叱った日のことだった。
当時エルヴィンが任されていた分隊に所属となった彼女は、確かに戦闘において他の兵より優秀ではあった。
立体起動の身のこなしも、ブレードさばきも歴戦の勇者を思わせるほど。
だが、その強さには危うさがあった。
死を恐れていない、まるで自分自身を投げ出しているような、死にたがっている様にも見えた。
「君は巨人が怖くないのか?」
『わかりません。』
「わからない?」
どこか冷めている様な、全てを見透かしている様な目で真っ直ぐにエルヴィンを見る彼女は今とは別人の様な冷たさがあった。
『超絶かっこいい巨人がいたら食われちゃってもいいかな、とは思います。』
「は?」
『だって私はわたしのものです。私の最期は私が決めたい。』
どうせ食われて死ぬなら、と彼女は言った。
まだ二十歳にも満たない少女の様な彼女にこんな目をさせるような何かが過去にあったというのだろうか。
「君は何を見ている?」
『何も…。だからここに来たんです。』
それから彼女の事が気になり、ここに来るまでの経緯を調べたが何も特別な事はなかった。
農業を営む両親と、二人の妹が故郷にはいる。
少しでも生活の助けになるならば、と訓練兵団へ12歳で入団。