第9章 貴族ごっこ
爽やかな野を巡る風の匂い。
甘さと酸っぱさを兼ねた赤い果実。
頬を撫でる心地よい温かさと、腰の辺りに感じる妙な硬さの熱。
『?!』
起き上がろうとしたが、出来なかった。
『…エルヴィン、離して。』
「起きたのかい?」
どうなったらこうなるのか。
エルヴィンの腕を枕に、背後から抱き着かれた状態で眠っていたらしい。
『どうなったの?』
「高熱を出して倒れたんだ。」
『任務は?』
「あらかた終わっているよ、明後日の朝には帰還できそうだ。」
『…ごめん。』
「謝るならこのままもう少し寝かせてくれ。」
ぎゅっと抱き寄せられる。
紳士を演じる彼が珍しい。
極々たまに出す、普段は決して表に出すことの無い彼の一部。
腰のアレはこの際、気が付いていないフリをしよう。
「君を抱いて寝るだけで今夜は我慢しようと決めたんだ…。」
『紳士だね、相変わらず。』
「明日は紳士でいられるかわからないよ。」
翌朝、アゲハが目を覚ますと既にエルヴィンは居なかった。
代わりにちゃんと静養して居なさいとメモ書きがあった。
王都に滞在する時はいつも決まって同じ宿を利用する。
あの夜に着ていたドレスは、贈り物として届けられたままに、箱にきちんと入れられていた。
『ママさん、こんにちは。』
「おや、もう起きて平気なのかい?」
部屋を出て行くと食堂を掃除しているこの宿の女将さんを見付けた。
『おかげさまで。』
それならあとで何か食事を部屋に持って行くよと女将さんは言った。
本当はきちんと正装してエルヴィンの後を追うべきだろうが、まだ身体が本調子ではないのか宿を出る気にはならない。
だが、王都にいられる時間はもうない。
『ママさんに頼みたいことがあるの。』
「なんだい?」
『おつかいを頼みたいの。』
そう言ってドレスと一緒に届けられた装飾品を女将さんに渡した。
いつもは一度、兵団へ持ち帰ってから手放す。
だが、今回は恥ずかしいが手持ちの金があまりなくすぐに金に換えられるものがこれしかなかった。
「アゲハちゃん、これは?!」
『頂き物だけど私には不必要だからママさんの好きにして。』
だからそれがおつかいの報酬でどうかな?と彼女は言った。