第68章 織姫の願い(第53章続編SS/信長)
七月七日。
〝迦羅が未来永劫この安土にて俺と共に在るように〟
そんな願いを書いた短冊を吊るした。
国を背負う者としてどうかと思うが
其れが切なる願いであるのだ。
「おはようございます、信長様」
「良く眠れたか?」
「はい、お陰様でぐっすりです!」
昨日の宴の後に皆で庭へ出たが
酒の入った迦羅は皆より先に休んだ。
俺たちが短冊を見たとは思っていないだろう。
だが、そんな短冊も細やかに降る雨に打たれて今や濡れそぼっていた。
「雨が降ってしまいましたね…」
「ん、ああそうだな」
見上げる空は厚い雲が覆い
小雨ではあるが早朝から降り続いていた。
庭を眺める迦羅は随分寂しそうにしている。
「願い事、叶うのかな…」
「そんな顔をしていれば、叶うものも叶うまい」
「え?」
短冊に込める願いなどくだらんと思っていたが
可笑しなことがあるものだ。
貴様の願いならば、どんなものであろうとこの俺が叶えてやりたいとも思う。
…あんなことを書かれては尚更な。
「それが叶うかどうかなど、結局は己の働き次第ではないか」
「…そうかも知れませんね」
少しばかり柔らかくなった迦羅の表情。
己の働き次第、か。
それは俺も同じことだ。
いくらそう願おうと、口にせねば始まらん。
「迦羅。貴様は一生この俺の側に居るがいい」
「え…一生?」
「ああ。そうでなければ俺の願いは叶わぬ」
「信長様の願い事って…」
俺を見上げる迦羅の頬が僅かに染まり
確かめるようにか細い声を出す。
特に意識せずその頬に手を伸ばせば
不意に愛しい温もりが掌に広がる。
「貴様と共に生きたいと言っているのだ」
「…本当に?」
「何故嘘を吐く必要がある」
恥ずかしそうに俯いた迦羅はやがて顔を上げ
愛らしい微笑みを浮かべた。
「私の願い事も、叶ってしまいました」
「そうか」
ああ、知っている。
俺の願いには貴様が、貴様の願いには俺が必要だと言うことをな。
〝これからもずっと、信長様の側に居たい〟
短冊にあったその文字は今や雨に流れてしまっただろうが、今この時から手にした温もりはきっと、永遠だ—。
小雨の降る庭。
雲の隙間から一筋の光が射し込んだ。
完