第1章 保健医
『なぁ、電話の相手
本当にお前の兄さんか。』
鞄を持って早足で兄の元へ
向かっていると先生は尋ねた
その言葉にこくん…と頷き
『たった一人の兄さんだよ。』
『ふーん、』
納得しきれない様子
私はなんで、と首を傾げた。
『あー、らしくねぇなって』
『らしく、ない…?』
『あれは妹を
心配する兄の声じゃねぇよ。』
私はその言葉にビクッと
反応したけど平気なフリをした
『心配性…なんだよ。』
『心配性…ねぇ、』
先生は待ち構える兄を
想像してか、口を開かない。
ごめんね、先生
どうかその先は気付かないでほしい。
そうこうしているうちに
下駄箱に辿り着き急いで上履きを取る。
『ここで、いいよ…先生。』
会わない方がいい…から。
『あっそ、んじゃな。』
見上げた私に先生は
ポンッと頭の上に手を乗せた。
思わず見上げると
先生のニヒルな笑みが見えて
『また明日、今度は保健室で…』
八重歯がチラリと見えた時、
どくん…と胸が高鳴る気がした。
先生はいつも…心臓に悪い…。
にやける頬を隠して
目元をごしごしと擦った。
泣いたあと腫れぼったい目を
連想させるように強く擦る。
足取りは重いだけど進む。
明日を迎える為には
今日を乗り越えなきゃいけない。
走って、走って…車を見つけた。
中に兄が乗っている
着いたよ…兄さんとノックして合図し
助手席のドアを開け座ると無言の兄は
ガチャ…。
ドアをロックした。
『ご…ごめんなさい…兄さん…あの、』
『黙って。』
ぴしゃり…と突きつけられた言葉。
『痛いことされたくなければ
家まで静かにしててくれる?』
私はその命令とも聞こえる
問いかけにこく…と一つ頷いた。
物腰やわらかい兄は友達も多い
けれど、私にだけ見せる顔がある。
『どんなお仕置きがいいかな…。』
優しい兄からの凶変…
私は彼を兄とは呼べず" 影 "と呼ぶ
『………っ。』
震える手足、紡げない唇
逃げ出せない小さな檻が囲う。
沈黙の中で私は叫ぶ
声にならない救いの声を…、
ふと脳裏に浮かんだのは
保健医の先生の顔。
助けを求めたら彼はこの檻から
私を救ってくれるでしょうか。