第19章 あの星空の彼方に(謙信)
新しい年を迎え、春日山城ではいつもの面々が宴の開始を待っていた。
『今宵の月は、新年早々輝かしい光を放っているなぁ、謙信』
信玄は、懐から取り出した饅頭を頬張りながら、
ご機嫌な様子で謙信に話しかける。
『ちょっと、信玄様、宴の前にそんなに甘味ばかり食べないで下さいよ!』
突然現れた饅頭に驚きながら、いつものように幸村が信玄を咎めた。
「お前たちは新年早々から、相も変わらず騒々しい…」
謙信は手酌で酒を注ぎ、一人で盃を煽ると、
信玄が眺めていた月へと視線を移した。
『謙信様、幸村に静かにしていろという方が無理な話です』
『はぁ?佐助なに言ってんだよ!
俺が信玄様を見張ってなかったら、永遠に甘味を食べ続けるだろうが』
佐助は、まだ声を荒げている幸村をみながら、苦笑した。
『幸〜、そんなに大声出したら、かぐや姫がびっくりしてしまうよ。
こんな素敵な満月の日に、そんなに喚くもんじゃない』
信玄も肩をすくめて言う。
『かぐや姫なんて、物語の中の話でしょう。
だいたい、竹から人が出てきたら、絶対怪しい生き物に決まってるし』
『幸は情緒のかけらもないな…。
ところで謙信、春日山のかぐや姫は、まだ準備中かい?』
信玄の喩えで、それが愛の事だとすぐわかる。
「愛をそんな不吉なものに喩えるな」
謙信の不機嫌な声が響く。
『不吉?なんで不吉なんだ?
てゆうか、あいつ、かぐや姫ってタチですか?』
幸村が不思議そうに声を出す。
『そうか。かぐや姫は月から来て、月へ帰っていくのを不吉だと言ってるんですね』
佐助がすかさず答える。
『だから、あいつは竹から出てきたんだろうが』
殆ど独り言のような幸村を無視して佐助は続ける。
『謙信様、安心して下さい。実際月は人が住めるような環境はありません。
生命体がいない事も、立証されてますし…』
至って真面目な佐助の説明に、三人は黙って視線を向ける。
「佐助。五百年後には、そんな事もわかっているのか」
謙信は初めて少し驚いたようにそう言った。
『なんだ、佐助まで夢のない事を言うのかい?
実際なんてどうでもいいんだよ。
この夜空にはそれだけ夢が詰まってるってことなんだ』
信玄がため息混じりに言った。