第12章 忍びの庭 後編
夕刻、信長に言われた時間より少し早く、女中に手伝って貰いながら
愛は全員の晴れ着を広間の隣の部屋に用意していた。
『愛様、本当に頑張られましたね』
女中は丁寧に晴れ着を衣桁にかけながら、惚れ惚れした顔で眺める。
「しのさんには、色々ご迷惑おかけしてしまいすみませんでした」
愛は、秀吉の御殿に来てからずっと世話をしてくれていた女中のしのに礼を言う。
『いいんですよ。まるで娘のようだと勝手に思わせて頂いておりました。
それにしても、こんなに丁寧に仕上げられて、素晴らしい腕前です。
皆様、とても喜ばれると思いますよ』
愛は、面と向かって褒められ、顔を赤く染める。
『この秀吉様の晴れ着の刺繍は、珍しい花ですね』
マーガレットの刺繍を優しく撫でながら、しのが話す。
「それは…西洋の花で、マーガレットと言うんです。
本当は、白と黄色の可愛らしい花なのですが、子供っぽくならないように、
今回は錦糸を使いました」
しのは感心したように、
『愛様は西洋の花にお詳しいのですか?』
と、愛に顔を向ける。
「そ、そういうわけでも無いのですが…前に西洋の物を売る行商の方に聞いたんです。
実は、皆様一人一人に、花言葉を当てて刺繍を施したんです。
マーガレットは、忠誠・誠実って言う意味があるんです」
(どうにか、ごまかせたかな…)
『そうでしたか。秀吉様にはぴったりですね。
三成様のは…蓮華草ですか?』
「はい。花言葉は〈心やわらぐ〉です。
一番初めに私の緊張をほぐしてくれたのも、三成くんでしたから」
『本当、一つ一つに愛様の愛情が溢れているのですね。
皆様の花言葉も伺ってよいですか?』
愛としのは、晴れ着についての話に花を咲かせていた。
すると、廊下から秀吉の家臣より声がかかり、軍議が終わったことを告げられる。
「はい、今参ります」
愛は、少し緊張の面持ちで、仕事の顔に変わる。
その様子を、しのは微笑ましく見守っていた。