第11章 忍びの庭 前編(佐助)
宴まで、あと十日ほどとなり愛は最後の晴れ着に取り掛かる。
柔らかな菫色から白に近い淡い紫へと色を変える反物を手に取る。
最後まで、手をつけられなかった三成の晴れ着だ。
「これが出来上がれば、私の仕事は終わるんだ…」
愛は、反物をそっと畳に下ろすと、
懐から小さく折り畳まれた文を取り出した。
そっと開いたそこには、
もう朝から何度も読み返した佐助の綺麗な字が並ぶ。
愛さんへ
待たせてすまなかった。漸く日にちが算出できたんだ。
日にちは完璧ではないけど、本能寺にワームホールは現れる。
十日後の夕刻、君を迎えに行くから準備しておいて。
出来れば前日に一度顔を出す。
佐助
今朝の散歩が終わり、三成と門をくぐり別れて部屋に戻ると、
裁縫箱の中に見慣れない小さな紙が折り畳まれ入っていたのだ。
いつからか、三成は朝餉の前に愛を散歩に誘う。
それは、今では日課のようになっていた。
( 佐助くんが忍び込んだ…わけじゃなさそうだな)
忍び込んだのなら、直接言えばいいことだ。
きっと安土にいる軒猿の仲間が託されたのだろう。
【十日後の夕刻に迎えに行く】
その一文を見たときに、愛の胸はツキンと痛んだ。
安土を挙げての宴の日。
信長が、半ば強引に愛の誕生日に合わせた日を思い出す。
三成が、愛の居場所を作るために提案した晴れ着作りもあと一着。
「着てるとこ…見られないんだな…」
すでに、衣桁にかけられている五着の晴れ着をぐるっと見渡すと、
愛はそっと眼を閉じて想像する。
「うん。全員ばっちり似合うよ。あとは…三成くんに…」
もう一度、菫色の反物を手にすると、なぜか涙が込み上げてきそうになる。
「三成くんとの思い出が…一番多いのかな」
怯えていた愛に、いつでもエンジェルスマイルをくれて、
初めて線香花火をした夜は沢山笑いあった。
心を許しかけた時に、佐助の事を勘付かれて、見張られるようになった。
自分も疑われているのでは…と、三成を信じられなくなった時もあったが、
今なら全てが自分のためと思う。
それは…