第8章 私が髪を切る理由(幸村)
『愛さん、明日は外に出れる?』
佐助が変わらない表情で訊くと、
愛は申し訳なさそうに、
「ちょっと明日は…今急ぎの注文が入ってるの。
でも、三日後なら、その着物を届けに行くから城下に出られるよ」
『わかった。俺たちもまだ安土にはいるから、
それでも十分。幸村にも三日後は予定を入れないように伝えておくよ』
佐助の言葉に、愛の顔がパッと明るくなる。
「ありがとう!佐助くん!
それまでにできるだけ他の仕事も終わらせて時間作るから」
『じゃぁ、今日はこの辺で…あ」
「どうしたの?」
キョトンとする愛。
『愛さん、そう言えば髪を切るのはどうしたの?』
「うん…自分で切ろうかな…とも思ったけど、
なかなか難しいよね」
そう言うと力無い笑いを溢す。
『そうか…。
それじゃあ、また二日後の夜に予定を確認しにくるよ』
そう言うと、佐助は音もなく天井に戻って行った。
佐助を見送ると、愛は買って来た反物を見て、
「三日後か…早く逢いたいな。
でも、その為には仕事頑張らないとね」
そう言うと、夕餉までの時間も惜しんで作業を始める。
「できれば…これも仕上げたいし…」
ふと、顔を上げて姿見に映る自分を見て、
長い髪を肩まで折ってみる。
「髪切るのは…難しいかな…」
そう独り言を呟いた。
佐助が庵に戻ると、幸村は不貞寝をしていた。
『幸、今戻った』
そう告げると、
「あぁ…」
そっけない返事が返ってくる。
『三日後、愛さんに逢える事になった』
「…え?三日後?」
『そうだ、三日後に』
「なんでそんなに遅いんだよ…」
逢える嬉しさよりも、三日後という予定が不満でたまらない。
「秀吉とは毎日逢えてるんだろ…」
そう呟く幸村に、
『秀吉さんの事は気にしなくていいと思う』
そう言うが、幸村のモヤモヤは晴れない。
『とにかく、愛さんも仕事を早急に片付けると言っていた。
前日にはもう一度確認に行くから、それまでは幸も自分の仕事をしていればいいさ』
その言葉を聞いて更に不機嫌そうに、
「だいたい、お前ばっかりズルくねぇか?」
と、佐助に八つ当たりを始めた幸村の機嫌が直ることはなかった。