第76章 情慾
長谷部殿を見詰めるその瞳も、燭台切殿が繋ぐその手も、加州殿が抱いたその肩も、本丸の者皆に笑いかけるその唇も私だけの物にはならないのです。
でも、いつも遠くから見ていたそれが、今は腕の中だ。
良い兄を演じ過ぎたのがいけなかったのか、主殿の中では"ただの一兄"に過ぎないのが悔しい。
「‥主殿、この前、本を調べに行った時、面白い本を読んだんですよ。」
「面白い‥?どんな本なの?」
「キス、とは、する場所によって意味が違うんだそうです。」
キスと言う言葉に少し動揺したらしい主殿の腰を引き寄せ耳に囁く。
「…教えて差し上げます。ね?さん。」