第90章 残り香
可愛くて愛しい、私のさん…
腕の中でくたりと目を閉じて浅く呼吸をしているその前髪を撫でて、額に口付けると蕩けた瞳が私を映した。
「さ、私はずっとこのままでも良いのですが‥そろそろ戻りませんと、鶴丸殿辺りが起き出す頃ですよね。」
こくりと頷いたさんを、ロングコートで包み横抱きにして立ち上がる。驚いた様にこちらを見上げた視線に、にこりと微笑んで、こちらへ来た日の夜の様だなと思いながら足を進める。あの時は抱き締めただけで胸が一杯だったのに、欲には切りが有りませんね。
胸に抱いたさんをもう一度ぎゅっと抱き締めて、扉の前に立つ。
「さて、誰にも見付からずに行けますかな‥?
」
顔を見合わせて、そっと玄関の扉を開いた。