第1章 契約 ~前編~
「アンタ、本ッ当に鈍くさいわよね。」
「そうそう。アンタみたいなのを給料泥棒って言うのよ。」
「それでよく、ココの面接通ったわよね?」
「……。」
此処は、どこにでもある、普通の職場の女子トイレ。この場には私の他に、同期の3人がいる。3人とも、私よりは美人で、要領が良い。
「返事もデキナイのね、天野さんは。」
3人のうちの1人が、吐き捨てるようにして、私に蔑んだ目を向けた。
「行こ行こ。」
「うん。こんなの相手にしてても、時間の無駄だもんね。アハハッ!」
やがて、3人の足音が遠ざかっていく。
「はぁ……。」
私は、ようやく少しほっとした。緊張の糸が解けたのか、軽い眩暈を覚えた。
こんなことが、もう半年以上も続いている。
最初、あの3人と職場に来たときは、みんなで仲良くやっていた……と、思う。でも、出会って数か月で、彼女らの態度は豹変した。何がキッカケだったのかとか、そういうのはもう思い出せない。私が毎日、仕事で細かいミスをすることかもしれないし、私が彼女らの気に障るような言動を、知らずにしてしまったのかもしれない。どっちにしろ、私は昔からそう要領が良い方ではなかったし、学生の時にコレ!と言えるような、得意な学科があったわけでもなかった。どちらかと言えば、特に目立った才能もなく、平々凡々といった感じだ。それは大人になって就職した今でも変わらず、同じこと。特に自慢の種になるようなこともなく、特筆すべき資格があるとかいうわけでもない。今いる就職先だって、私が言うのも何だけれど、それほど大きな規模の職場ということでもない。どこにでもある、普通の職場。私は、普通に学生時代を終え、小さな職場ながらも、そこでつい最近採用されただけの、ほんのしがない社会人だ。独り暮らしの私が、毎月生計を立てていけるだけのお給料が貰えるだけの、そんな感じの社会人。決して贅沢なんてできないけれど、少しずつ貯金が貯まっていくのは、実は密かに嬉しかったりする。全然大した金額じゃないけど、ちょっとした励みだったりする。それに、私には最近、素敵な恋人もできたのだ。