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ゆりかご 【黒執事 R18‐G】

第1章 契約 ~前編~



 何となく道を歩いていると、カン、カン、カン……、と、耳馴染みのある音が聞こえてきた。踏切の遮断機が下りる音だ。遠くから、電車が猛スピードで走ってくるのが見えた。そう言えば、ホームから飛び込むなんていう方法もある。所謂轢死(れきし)だ。それならば、痛みも一瞬だろうし、猛スピードでホームを通過する電車を選んで、線路に飛び込むだけで良い。これならば……!私はそう思った。

 その瞬間、どこから来たのかは分からないけど、一匹の猫が、線路を猛スピードで走ってくる電車に突っ込んでいった。猫の肢体は、一瞬のうちに大きな車輪に寸断され、見るも無残な姿に変わり果てた。胴体と頭、手足が、それぞれ別の場所へと吹き飛び、辺りに赤黒い血を撒き散らした。その光景に、私は小さく悲鳴を漏らしてしまった。我ながら、ひどく情けない声だった。
 もし、私がこの死に方を選んだら、あの猫のように、周囲に赤黒い血を撒き散らしながら、惨い死体を晒すことになるのだろうか。別に、死んだ後なのだから、私が困ることは何もない。そういうのは、生きている人間で、掃除でも放置でもすればいいだけの話なのだから。でも……。
 私はふと、先程トイレで聞いてしまった会話を思い出した。

 職場の女子たちからは馬鹿にされ、私の味方だと思っていた男からも手酷く振られ、人員削減だとか何だとか訳の分からない理由で職場をクビになって、家族からも突き放された。おまけに、最近は自分の身体も、精神も、明らかにおかしくなってきている。特に、末端の神経なんてひどく鈍っていて、不安に駆られるほどだ。鏡を見れば、鏡の中にいる死んだような私が、現実の私をどろりと見返すばかりだ。
 美しい死に方をしたいなんて贅沢は望まない。けれど、この死に方は、あんまりだと思った。
 私は、もう肉塊に変わり果てた猫を見て、結局死ぬこともできずに、ふらりと自宅へ帰った。誰かが、私に追突してくれて、一瞬でラクにしてくれないかなぁなんて、都合のいいことを考えながら。









『第1章 了』
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