第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
上下関係が厳しい体育会系に染まってる俺は、当然のように年上のこの人に「梨央さん」って呼びかけてみた。
そしたら何がツボなのか、めちゃくちゃ笑われてしまった。
どうやら "さん" 付けされたのなんて初めてだったらしい。
呼ぶたび笑われても困る訳で、呼び方は「梨央ちゃん」に落ち着いた。
引っ越して来たばかりで友達のいない梨央ちゃんに、俺たちは近所を案内する。
本屋やレンタルショップ、学校までの道順。
この日に限らず、その後も何度か三人で会った。
俺には部活があって、梨央ちゃんは受験生。
だから、しょっちゅうってワケにはいかなかったけど。
梨央ちゃんはいつの間にか「てっちゃん」「研くん」なんて呼び方を変えて、人懐っこい性格なのか、すぐに俺たちとも馴染んでしまった。
中一から見た中三ってのは、何ていうかすごく大人に見えて…。
今思い返せば、梨央ちゃん自身が15歳にしては大人っぽかったんだと思う。
でもそんなことに気づかなかった俺は、二つ年上のオネーサンってだけで妙にドキドキした。
二学期になって梨央ちゃんが転校してきてからは、朝練がない日は一緒に通学するようになった。
同じクラスの奴に冷やかされるのも、ちょっとだけ優越感だったり。
まあ、今よりかは断然子どもだった訳だ。
中学三年生の二学期に転校してくる―――その意味に、何の疑問ももたなかったのだから。