第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「てっちゃん。また会ったねー!」
ニコニコ話しかけてくるのは、梨央ちゃん。
俺は走る足を止めた。
「今帰り?」
「うん」
「あ。梨央ちゃんのチョコ…ケーキ?あれ、美味かった。ありがとな」
「ガトーショコラだよ。よかった、気に入ってもらえて。ねえ、チョコどうだった?もらえた?」
「大漁大漁!」
「ホントに?やったね!」
俺を見上げる梨央ちゃんは楽しそうに声を弾ませる。
「モテるんだねー、てっちゃんって」
「まあね。紳士ですから」
「詐欺師の間違いでしょ?あ、魔術師か。それともヘビ使い?闇の商人?」
「俺そんなイメージ?」
学校でもこんなやり取りしたな。
からかいながら俺を見上げてくる梨央ちゃんは、やっぱり綺麗だ。
顔の造りもそうだけど、佇まいが。
「私、来月引っ越すんだ」
少しだけトーンを変えた梨央ちゃんが、睫毛を伏せる。
「うん。朝聞いてた」
「そう。引っ越す前に、てっちゃんにはちゃんとお礼言いたくて」
「俺何かしたっけ?」
「もう忘れてるかな?私がこっちに転校してきた年の秋…」
そこまで言うと、視線を真横の公園へ移す。
俺も梨央ちゃんの言いたいことに思い当たって、小さく返事をする。
「ああ。覚えてるよ」