第2章 この腕の中の君 ※【黒尾鉄朗 続編】
ジッと黙ってるてっちゃん。
やだ…傷つけちゃったかな…。
心中を探るみたいにそのまま視線を交わらせていると、ゆっくりとその口元が弧を描いた。
「ナニそれぇ~?呼び捨て新鮮!梨央に叱られるとか最高なんですけど~!」
イタズラっぽく笑って、ぎゅうぎゅう力ずくで抱き締められる。
えぇ!?
ちょっとっ…!
反省してないじゃない!
「もぉっ、真面目に!」
「わーかってるって。怒んなよ」
「怒ってないよ…。困ってるの」
口を尖らせてみれば、てっちゃんは抱き締める力をやんわり緩めて、また抱き直すように私の体に腕を絡めた。
「マジで生殺しなんだけど。夜サービスしてくれなかったら、いじけるからな」
耳の下に顔を埋めて、ポツリと言う。
なんか…可愛い…。
いつも優位に立っていて、余裕綽々で、一枚上手のてっちゃんが。
甘えるみたいにこんなこと言うのが、すごく可愛い。
「うん…。いっぱい、してあげるね」
「ホント?」
「ホント」
「約束な」
「うん、約束」
私たちは子どもがするみたいに、小指同士を絡めた。
乱れた浴衣を整えたところで、外から仲居さんの声が掛かる。
夕食の用意に来てくれたみたい。
よかった…セーフ…。
私は未だドキドキする胸を押さえ、深呼吸。
それなのにてっちゃんは、まるで何事もなかったかのように、愛想良く年配の仲居さんと話をしている。
この切り替えの早さ。
そして、ネコかぶり。
こんな風に器用になりたい…。
尊敬半分、呆れ半分。
そのやり取りを聞きつつ、私は机の上に並べられていくご馳走を、ただただ眺めていた。