第8章 暗香疎影
火薬がはじけ、吐き出された空薬莢が澄んだ音を立てた。
ジイドの拳銃が眼前に突きつけられる。
俺はそれを肘で払う。
耳の真横で炸裂した発砲音に耳鳴りを感じつつも、身体を半回転させてジイドの眉間を狙う。
しかしジイドが俺の肘を掴み、弾道を逸らされた弾丸がシャンデリアを叩き割った。
二人の引き金が、同時に空を叩く。弾切れだった。
二人は右腕を交差させたまま、リロードした。
全く同じタイミングで。
空になったマガジンが床を叩き、身体を旋回させてジイドよりも速く、速く眉間に突きつける。
––––と、同時に。
ジイドも俺の眉間に、銃口を突きつけた。
「サクノスケ……最高だ。
何故もっと早く乃公の前に現れなかった」
「悪かったな。今日はとことんまで付き合ってやる」
粘つくような視線が混じり合い、二人の闘志を掻き立てた。
ここは舞踏室。
轟く銃撃戦の音が、まるで万雷喝采の拍手のようだった。
「どうだサクノスケ」
「何がだ」
言葉を交わす間にも、己の手は、指は、敵の眉間を狙った。
しかし弾丸は全く同じ軌道で逸らされ、躱される。
織田の【天衣無縫】と
アンドレ・ジイドの【狭き門】は、
双方とも『5秒以上、6秒未満』先の未来を予測することが出来る。
だからこそ、二人の異能が予測した未来を、双方がその予測の上をいく未来へと変えようとする。
そうすることで、二人は決定的な致命傷を弾かれてばかりだった。
「これが乃公の求めた世界だ……
この窮極の世界に至る。
それだけの為に生きてきた」
俺たちは互いに、一言も喋っていなかった。
ただ相手が何を言うかを異能で察知し、その前に返事の言葉を選んでいた。
思考した瞬間にそれは相手に届き、相手はその返事を思考した。
それを繰り返し、意味の繋がらない俺たちだけの会話をしていた。
ジイドの求めた世界。
異能と現実が混ざり合い、どこまでが実際の世界で
どこからが未来予見なのか判らない、世界を超越する世界。