第43章 月は綺麗ですか…江戸川乱歩誕生日10月21日記念
「ふん♪ふーん♪」
ぱたぱたと木の床を歩く音が響き、中庭と通じた中廊下の縁側にはわずかに雪が重なっている。
季節としては真冬。
鼻歌は単に身が震えそうなほどの寒さを誤魔化す気休め。
僕はお湯の入った桶を両手に、ある部屋に向かっていた。
「おっはよ〜!
起きてる?こんだけ寒いと怪我に沁みるでしょ?大丈夫そう?」
相変わらずのマシンガントーク。
相手に喋る余地も与えず乱歩がその部屋の障子扉を開け放つ。
枕元に薬と体温計と湯呑みが乗ったお盆があるだけの殺風景な一室。
敷かれた布団から身体をすでに起こしていた彼女が、警戒したように目を向けた。
「……お早う。痛みは平気さね。慣れている」
そして障子の向こう側、雪の積もる中庭を一瞥する。
外に出たいのかな?
それとも……どこか、逃げる気なのかな?
ただ眺めているだけかな?
判らないなぁ。
降雪をただ見ている彼女の唇が動いた。
「……今夜はまた冷えそうだ」
「火鉢置いておく?」
「否、必要ない……」
僕を見ない黒瞳は、伏せられた。
包帯の巻かれた腕を見つめる。
まだ駄目だったかな。
福沢さんとあんな事があったとは言っても、一応拾ったのは僕だ。
僕としては福沢さんの言う事を聞いてくれれば本望だけど、彼女の素性なら僕の方が詳しいし。
「今日は外出よっか。ね、真綿。
ずっと寝てたら身体重くなるでしょ?」
お湯の入った桶をそばに置き、手拭いを渡す。
包帯を解き始める彼女が、「そう」とだけ言った。
外、出たくなかったのかな……?
「三十分後にまた来るから。
あ、綿羽織も持って来るね」