第30章 Vermilion Bullet ……I
「く––––……」
ぱちん、という音はどちらかと言えば
紐を切り断つ音のような、爪切りのような……兎に角 軽量のものの音。
予め 張られていた細い紐が、燃える木々に、道路に沿って植えてある街路樹に括り付けられていた。
紐の先には刃物。
殺傷性には乏しく、こちらを牽制するためのものにしか役に立たないが、時間稼ぎということだろう……
「この……、」
真冬に、紐で結んであった大なり小なりの刃物、総数三十ほどが降り注ぐ。
しかし、それが意味するのは……側で倒れている同胞のはずのバージンキラー諸共 巻き込むもので。
苛立たしげな声に反して不敵な笑みで真冬が刃物を打ち落す。
その最中にも紐を切った新手を探るが、矢張り見える範囲にはいない。
ということならば炎上していない街路樹で、
尚且つ こちらに死角になる位置と言えば……
目を向けた先、一本の大木が見て取れたものの
その幹には浅く傷が入っている。
自分が目印にと刻んだ傷だ。
「あー……、その辺りは確か……」
真冬が苦笑を漏らし、そして口角をあげる。
良かった。どうやら都合よく逃走出来るらしい。
新手の影が、真冬の仕掛けた罠に気付かず、細いワイヤーを足で切った。
途端にその大木から白濁とした煙が勢いよく舞い上がり、視界を黒煙混じりに一層悪くする。
「バージンキラーが街を焼却するだろうなぁ、と思ったのでね……
この辺りの街路樹には、白墨粉を噴出するように仕掛けさせてもらったさね」
白墨粉、つまりチョークの粉……そう、消火器の中身である。
しかし、これは二次災害を想定したもの限定。
真冬が木に仕掛けたのは、紙とか固形物火災用の一般的な白墨粉。
本命にして肝心の、ガソリンが爆発し炎上している車には、それに適応した白墨粉がある。
……だってまさか、ちょうど守備のいい場所に車があった、
なんてちょっとした想定外だった。
……それに、木に取り付けたのも保険で、
元々は 市民が避難出来ていない場合にバージンキラーが急襲してきた際の
目くらまし用だったのだから。