第26章 Scarlet Heart…III
「当たり前さね。」
どこか不満そうで冷めた声
夜空を仰いで見上げた、私の頭上
木の上から何やら声が聞こえてきた。
「––––……」
眩しい月明かりに反射していて
声の主は、真っ黒に塗り潰されているように曖昧としている。
白無垢とも見紛うような聖なる純白の着物に、
この夜空のような澄んだ濃紺の袴。
ぼんやりとした月の光が、顔を隠していて、何も見えない……
「侵犯、という言葉を知っているかや。
今 貴様が越えたそこまで……此方の得物の間合いさ」
人形のように見目麗しい、そう思わせるような華奢で小柄な体躯…
頭痛がする。
この声も、何もかもが、何かなのにそれが思い出せない。
まるでこの人と話せば話すほど……
向こうが私の記憶を忘却しようとしてくるかのようだ。
その白い着物の袖口がたなびいて、天に揺蕩う龍のよう。
「こんな時間に出歩くと、後ろから刺されるさね。
さ、帰った帰った」
木の上から、翳ったその人が手を振っている。
立ち去れ、貴様はもう領地を侵犯している、そう言っているかのようだ。
「君こそ、こんな真夜中に一人なんて危ないと思うんだけれど」
「返り討ちにしてやるさ」
なにを、そんな事を聞くのは憚られた。
「貴方はどうしてこんな時間に、そんな所にいるんですか?」