第3章 汚く濁っても
その日の夜、 9時半。
バロック調の 品の良い両開きの扉を3回ノックして、
中也は真綿の幹部執務室を訪れた。
「入るが良い」
「失礼するぞー」
部屋の中の一際大きいソファに座し、万年筆を動かしていた手を止める真綿。
ようやくその綺麗な顔を上げた時、中也はすでに真綿のそばまで来ていた。
「一年分の報告書、か?」
「そうだよ。お陰で手が痛い。」
戯けるように笑った真綿が席を立った。
その動作を見て、中也が
「いい、座ッてろ」と言って二人ぶんのコーヒーを淹れる。
その間に真綿が机の上に散乱したプリントの山を片し、ファイルに挟む。
万年筆を立てた後、中也がコーヒーを持ってきた。
「ありがとう」
「嗚呼」
真綿の向かいに座った中也が外套を脱ぐ。
真綿は肘をつき、口元に笑みを浮かばせながら中也を見つめていた。
「ふむん……
……中也はこの一年、あまり背が伸びていないな」
「あァ!?」
中也は、男性にしては小柄で華奢で
背丈で言えば真綿の方が若干高いかもしれない。
「だって、ほら、妾が貴様を抜かしてしまうさね」
くすくすと笑う真綿の笑みは、人をからかう時の笑みだ。
「……で、仕事の話って?」
「嗚呼、これだ」
真綿が未だ薄っすら笑いながらも首領から渡された資料を見せる。
「ゲ、西方。」
「げ、ではない」
中也が、ペラペラと捲る手を一度止めた。
「敵規模……よん…400!?」
「そうさ」
恐怖というのは慈悲と同じく
一方的に押し付け与えるものだ。
中也の好戦的に歪んだ口元には確かな笑み。
「あー……、成る程な。それで俺を」
「察しが良くなったみたいだな。妾は嬉しい」
真綿がその華奢な両の手の平を合わせて微笑する。
わざとらしい笑みだが、大概の男がこの胡散臭い笑みに落ちるものだから侮れない。
真綿はこんなにも華奢だというのに暗殺者なのだから。