第15章 花は盛りに
彼はゆっくりとした足取りで歩いていた。
ひらりと彼の羽織る黒外套の精緻なレースが風に揺らいだ。
惚けるようにその紺碧の瞳は、星空を眺めている。
こうして星見をしながら歩くのは、
この彼が知らず知らずのうちに(女の子たちに感けている間に)忘れていってしまった一つの趣味でもあった。
「おや……」
その足は止まる事なく、けれどもミルクティー色のふわふわした髪がそよぐ。
『WRRR r r r r r』––––!
月下に獣が吼えた。
まるで、大怪我をしているこの彼の血の匂いを嗅ぎつけるが如く…
その走査する足音はこの男を探していた。
一人の人間の足音もついでに聞こえてきた。
「はぁ…っ…はぁっ…」
彼を追ってきたその彼女が、膝に手をついて乱した息を整える。
その彼女を待つように、地面に侍った獣が『伏せ』をしている。
「な…に、やっているのですか…っ!
探しましたっ…三島幹部!」
自身の直属部下である彼女、上橋菜穂子の言葉と
今にも泣きそうに歪んだ顔を見て……
松葉杖をついた彼、三島由紀夫が穏やかに笑った。
もしかして、また自分の知らないところで 女性と一緒に居たのではないかと思っていた……
携帯を鳴らせば良かったと 今更ながら思った。
三島幹部が、女性からの電話に出ない訳がない……
だから、他の女の子の電話一本で行かれてしまうのが嫌で嫌で、こんなにも必死に探し回った。
「…嗚呼……済まない。
ちょっと、楽園の外を見たくてね」