第2章 ライナー・ブラウン(進撃/疲れない恋の仕方)
啜っていた味の薄いスープに体内の味が混じる時には、決まって同期のライナー・ブラウンを目で追っていた。貴重な塩の味が一瞬で消え去るほどの、強烈な、まるで血のような怪しい味だ。
匙を押し込んで抑制している筈が、逆に舌が刺激されて唾液が出る。それがまたエグいものを俺にもたらした。大した咀嚼を必要としない食事を慌てて嚥下してジッと皿を見下ろしていれば、ようやくスープが本来の味を主張する。溜め息一つ溢してからマグを手繰り寄せて水を煽ると、左側に座るジャンが俺の後頭部を軽く叩いてきた。
「うぶっ」
「なぁにライナー見て動揺してんだ」
「……してねぇ」
図星を突かれて体裁悪く呟いた俺を見下ろすジャンは明らかに不機嫌そうだった。濡れた口元を拭う仕種を睨み付けてきて舌打ちを一つ、長い腕を振りかぶって、その勢いのまま再度叩いてくる。今度は背中だ。
「いてぇよ、いてぇって!」
「俺以外をみるからだ、ばかやろ」
「ンな無茶苦茶な」
「憧れるなら俺だろ。偽者のアニキじゃなくて本物の兄貴だろ」
躊躇いのない発言についつい面食らってしまう。俺が自分に惚れ込んでいるという絶対的な自信を滲ませて悪どい笑顔を近付けてくる様はなんというか……困ったお兄様だ。
でも、そうだな。そんな兄貴だからこそ好きだったりするんだから俺も大概困った弟だろう。俺のおっもーい愛を全力で受け止めてくれているからこそ、内包した歪みも実直さも噛み砕いて、ジャンなりの最大限を返してくれる。それが安心できたし、なにより嬉しかったから、傾倒する気持ちを止められない。
わざとらしく兄貴の肩口にしなだれかかってギュッと抱き付くと、心得たとばかりに腰を抱き寄せられる。兄貴には似ていないと日々揶揄されている目を細めて見上げると優しい笑顔が顔中に降り注いだ。
同期は兄貴の顔や性格を悪く言うけど、俺はそれで構わなかった。だってこんなとろとろに甘い一面を知っているのは俺だけでいい。えへへ……と笑うと兄貴は少しだけ吃驚した後に唇を震わせながら思いっきり抱き締めてくれて。『俺の弟マジ天使』って冗談が耳の産毛を擽るからまた笑ってしまった。
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