第18章 覚悟
その様子をただ一人、物陰から見守っている男がいた。
“初めから覚悟していた”
実らない想いだと、わかっていた。
それでも、どうしても沙羅が欲しくて、
二人だけの時間にかけてみた。
本当は、わかっていた。
沙羅が誰を求めているか。
沙羅が、自分を男として求めることはないだろうと。
沙羅が自分を信頼してくれていることも、
慕ってくれていることもわかっている。
ただどこか一線を引いた遠慮があるのだと。
『沙羅ちゃんは遠慮深いからな』
とサッチが言っていた。
それが生来の性格なのか、イゾウだからなのか、肉親に対してもそうなのかはわからない。
心の内を話せずに苦しみ、それでもそれを気づかれないように振る舞っていた沙羅。
多感な時期の経験や長い一人旅が、そういった矛盾のような“大人と子供が混在した不安定さ”を生み出しているとイゾウは気づいていた。
沙羅を支えたいと思っていた。
だが、その不安定さを支えるのは自分ではないのだと、目の前の光景が語っていた。
瑠璃色の瞳から零れた涙は沙羅の心から溶けた水のようだった。
“俺じゃねぇな”
胸がずきりと痛んだ。
それでも沙羅の事が愛しくて、大事な妹であることに変わりはない。
自分の手で幸せにしてやることはできなくても、
家族として、“母親”として見守ってやることはできる。
沙羅が望むなら、母親でも構わない。
沙羅が幸せなら、兄でも構わない。
沙羅が笑うなら、何にでもなってやる。
“何でも演じてみせる”
イゾウの覚悟は、揺るぎない物だった。
眠ってしまった沙羅を大切に大切に抱きかかえて向かってくるマルコに気づかれぬよう、イゾウは暗闇に姿を消した。
以降、イゾウは想いを表に出すことは二度となかった。