第37章 無防備な蜜、無自覚な蝶 / 石田三成
趣味は、戦術の研究。
特技は、算術。
苦手な事は、日々の生活をこなす事。
一回興味深い文献などに出会ってしまうと、寝る事も食べる事も忘れ……
お前は生活しようと言う気が更々無いなと、よく秀吉様にはドヤされます。
知識ばかりが豊富になり、知らない事など殆ど無い筈。
そう、自負していたのは愚かでした。
『あの方』に対しては、本当に解らない事ばかりです。
『あの方』は、私の計算を超えるような事を、容易くやってのける。
だから、こんなにも心は乱され、身体は熱くなり……
だからと言って、嫌いになれる筈も無く。
どんどん惹かれて行くばかり。
この気持ちは一体……何て名前なんでしょうね?
「舞様が、怪我……?」
その一報を受け、三成は目を通していた文献から、顔を上げた。
言った秀吉のほうも、まさか返事が返ってくるとは思って無かったらしい。
ちょっとびっくりした様子で、三成を見た。
「お前が文献より、話に興味向けたの、初めてだな」
「舞様が怪我したって」
「うん、大した事は無いんだけどな」
秀吉は茶をすすりつつ、そこら辺に散らかった文献を手に取りながら言った。
「なんでも木から落ちた雛を戻そうとして、自分が木から落ちたらしい。足を痛めて、当分は歩けないとか。まぁ、見舞いに行ってやれ」
なんとも舞らしい可愛い理由に、少し胸が疼いた。
しかし、当分歩けないとなると、不便だろう。
三成は心配になり、文献を放り出すと、おもむろに立ち上がった。
「舞様の見舞いに行って参ります」
「え、今から?」
「舞様は城ですか?」
「ああ……自分の部屋に」
「ありがとうございます、では」
取るものも取らず、急ぎ足で行ってしまった三成を、秀吉は呆気に取られて見ていた。
「……なんだあれ……ん?」
三成が置いていった文献に、ふと目を向ける。
だいぶ読み込んだのだろう、既に文字が掠れ始めているその表紙。
『己の心理書』
そう書かれてあり、興味が湧いて思わず表紙を開く。
『己の心は己自身でも解らぬものだ。特に異性に対して抱いた事のない感情は然り』
「三成、あいつ……」
中の煽り文を読んで、秀吉は少し怪訝な表情を浮かべた。