第32章 弥生月の願い鶴 / 豊臣秀吉
「秀吉さんのお誕生日、もうすぐだね」
舞は秀吉の腕の中で、嬉しそうに言った。
今褥でひとしきり愛し合ったところで、まだ夜明け前だ。
秀吉は優しく舞の髪を梳きながら、目を細める。
「そうだな……まぁ、大人になると、大して特別な日でもないけどな」
「特別だよ! だって、私達が恋仲になって初めてのお誕生日だよ?」
「そうムキになるなって」
秀吉が呆れたようにくすっと笑い、舞を抱く腕に少し力を込めた。
「俺はお前が居れば、毎日が特別だよ」
「うー……それじゃ駄目なの」
舞は何か納得いかないように唸っている。
なんかそれすらも可愛く思えてしまうのは、何故だろうか。
「なんか特別な事したいなぁ」
「そんなに悩むと、眉間の皺が消えなくなるぞ?」
「お誕生日の当日は一日一緒に居られるんだよね?」
「ああ、御館様が休めと仰って下さったからな」
「じゃあ、頑張って考える」
そう言って、胸に顔を埋めてきた。
舞が指折り、誕生日が来るのを楽しそうに待っていたのは知っていた。
まるで自分の事のように喜ぶ舞が、可愛くて仕方ない。
秀吉は脚を絡め、舞の額にそっと口付けを落とした。
「まだ夜明けまで長い、もう少し寝ろ」
「うん、おやすみなさい。 あ、秀吉さん」
「ん?」
「大好き」
「……俺も愛してるよ」
そう言って、唇を重ねる。
こんな日々があれば、もう特別なんて要らないのだけど。
そう思いながら、眠りに落ちる舞を愛おしい気持ちで見守った。
「あれ、舞……?」
誕生日当日の朝。
秀吉が目を覚ますと、そこに舞の姿は無かった。
昨日公務で遅くなり、舞が閨で先に眠っていたのは見ている。
もう起きて、どこかに行ってしまったのか……
(最近、舞とまともに顔を合わせていないな)
舞は最近忙しく動いているようで……
ほぼすれ違いの生活を送っていた。
自分が公務が忙しかったのもあり、同じ部屋で生活しているのに、あまり姿を見ていない。
軍議に呼ばれた舞を、ちらりと見たくらいか。
故に、身体も何日も重ねてはいなかった。