第31章 可憐気パンデミック / 明智光秀
―――事の発端は、舞のたった一言だった。
「光秀さんって、まつ毛長いですよね」
舞は光秀の膝の上で、顔を覗き込んで、悪戯っぽく笑った。
光秀はと言うと、胡座をかいて、その膝の上で舞を横抱きにし……
幸せそうに目を細め、自分の淡色の髪を手で遊ばせている舞を、愛おしそうに見つめていた。
「お前も、充分長いだろう」
「いいえ、光秀さんには負けます。 羨ましいなぁ、まつ毛長いのって美人の条件ですよね」
「男には美人と言う言葉は不適切だぞ」
くすくすっと笑い、舞の額に口付ける。
舞が微かに頬を赤くしたので、その先を期待して、手で舞の身体を着物の上からなぞった。
「秀吉さんも、意外とまつ毛長いんですよ」
舞の口から他の男の名が出た事に、思わず手が止まる。
少し心の中が、ちくっと痛んだ。
しかし、それを悟られないように、軽口で言葉を続ける。
「へぇ……それは知らなかったな」
「よく見ないと解らないんですけど、この前間近で見たら長くてびっくりしちゃいました。 意外と言えば、猫っ毛なのって家康だけかと思ったら、政宗も結構髪が柔らかくて……」
(……ちょっと待て)
次々に舞の口をついて出るのは、他の男の事ばかり。
しかも、よく見たり触れたりしないと解らないような事で……
光秀はあからさまに不機嫌になって言った。
「……今なら観察力が高いと言う事にしてやる」
「光秀さん?」
「他は何か知ってる事はあるのか、例えば三成とか」
一番色恋から縁遠そうな男の名前を口にする。
すると、舞は首をひねって……
やがて、何かを思い出したかのように笑って言った。
「三成君って面白い所にほくろがあるんですよ」
「ほくろ?」
「はい、耳たぶの裏に。最初見つけた時、虫と勘違いして思いっきり引っ張っちゃって……すごい痛がってたんですよ、悪い事しちゃったな」
(………気に食わんな)
「光秀さん? ……あ」
急に黙り込んだ光秀に、舞が顔を覗き込むと……
あれよあれよと言う間に、身体を抱きかかえられ、気がつくと畳に押し倒されていた。
顔の横で手を固め、光秀は鋭い視線を向ける。