第1章 始まり──１０年前

──１０年前。

雨降りしきる夜中だった。工藤邸の前に、１人の女と少女が立っていた。
女は工藤邸の門にあるチャイムを鳴らした。少ししてから、家の中から有名女優が顔を出す。弱冠２０歳で電撃結婚した藤峰有希子こと工藤有希子である。

「あら真凛ちゃん？どうしたのこんな時間に」

有希子は久しぶりに見た同級生にそう声をかけた。だが、真凛と呼ばれた女の顔は暗い。

「有希ちゃん。突然で悪いんだけど、事情は訊かずにこの子を預かって欲しいの」
「え、」

会うなりそうまくし立てた女は、そばにいた少女を有希子へと突き出した。

「えっ、ちょ、真凛ちゃん!?」
「頼んだわよ！何があっても追いかけて来ないで！」

そう言うなり、女は雨の中を走り去っていった。

「真凛ちゃん!?えっ、ちょっと！」

追いかけようとする有希子を少女が止める。

「……行っちゃ、ダメ」

初めて口を開いた少女に有希子は少々驚いていたが、「とにかく中に入りましょう」と、少女を家の中に入れた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ねぇ……。どうしてこうなったのか、お話ししてくれるかな？」

有希子は少女の顔を覗き込んで言った。少女は眉間にしわを刻み、きゅっと唇を噛んでいる。

「……ママは……悪い人たちに命を狙われてるの」
「は？」

我ながら間抜けな声が出た。

「私のことがバレたら……私が悪い人たちに連れてかれちゃうんだって、言ってた」
「あなたがいることはバレちゃいけないの？」

有希子がそう問うと、少女はふるふると首を横に振った。

「分かんない。でも、とにかく工藤家の娘として生きてくれって……。ママのことも、何も忘れなさいって」