第11章 揺れる警視庁1200万人の人質
哀ちゃんから事情を聞いた私は、慌ててエレベーターに向かおうとする。が──
「瀬里奈ちゃん!」
いきなり手を掴まれた。振り向くと佐藤刑事だ。
「佐藤刑事……」
「2人なら大丈夫だから。きっと戻って来てくれる……」
「……戻って来なかったら?」
「……え?」
私は悲しそうな顔をした。
「もう2度と、2人に会えなかったらどうするのよ!それに」
私は待機している爆発物処理班をちらりと見た。
「あの人達がまだ中に入らないってことは……あの2人に爆弾を処理させる気なんでしょう?もし……3年前と同じ『あの言葉』を見て……2人が自分たちよりも他の命を優先してしまったら……」
そうなれば、彼らの命はないも同然。私にはそれが耐えられなかった。
初めて気が許せた“家族”。
生まれてからの10年間、心の底から楽しいなんて思うことは少なかった。それを優作さんが、有希子さんが、そして新一が変えてくれた。笑顔の絶えない毎日にしてくれた。今、彼らを失うことになれば──もう2度と、立ち直れない。
「お願い……行かせて……」
「ダメよ」
毅然とした態度でそう言われ、私はぎゅっと目を瞑った。
「私だって……行きたいわ。でも……もう行く術がないのよ。それに、その行動が犯人を刺激したらどうするの?爆弾が爆発するもしないも犯人の手の中にある。もし犯人を刺激して、爆発してしまったら──」
佐藤刑事は言葉を濁したが、それでも分かる。
余計な行動が、彼らを殺すかもしれないのだ。大人しくなった私を確認し、佐藤刑事は掴んでいた手首を離した。少しだけ彼女の手の跡が残っている。
「哀ちゃん……私、最低だね」
「え?」
「自分の気持ちばかり考えてて……2人が死ぬかもしれないって思い至ってなかった。本当……最低」
私が自嘲的に笑う。灰原はふぅっとため息をついた。
「そんなことを反省してる暇があるなら、江戸川君の無事でも祈ってたらどう?」
「ふふ……。そうだね」
私は涙目で小さく笑った。
哀ちゃんが私を見て目を見張る。
「……何?」
「いいえ、何でもないわ……」
あんなにも綺麗に笑うひとを初めて見た──とは口には出さないでおこう。本人に言っても分からないだろうから。