第10章 シカゴから来た男──P&A
「……母さんを知ってるの?」
「俺が組織にいた頃は有名だった」
「裏切り者だったのに?」
「まあな。だがそれもあって、お前は組織にスカウトされたんだろう」
私は何も言わなかった。
「あなたが母のことを知ろうが知るまいが私には関係ない。残念でした」
そう言うと、私はくるりと踵を返した。
「情報はあげない。ただ1つだけ」
「?」
3人が怪訝な顔をする。私は振り向かずに言った。
「──シェリーとベルモットについてはきちんと調べたほうがいいわよ」
一言そう言い、私はビルを出た。
歩いて帰れる距離でもないし、電車で帰るか──そう考えたが、時刻表を調べると終電はもう出てしまっていた。
「……どーしよ」
「乗っていけ、送ってやる」
赤井さんが私の後ろから声をかけた。渋々ながらも私は助手席に乗り込み、家まで送ってもらった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日。私はふぁ、とあくびを何回も噛み殺していた。
「眠たそうですね、瀬里奈さん」
梓さんに心配される。私はニコッと笑って「大丈夫ですよ」と言った。
「ちょっと早いけど、今日はもう上がっていいですよ」
梓さんにそう言われ、私は目を瞬いた。
「え、でもシフト……」
「今日は空いてるし、少し短く切り上げても平気ですって。家帰ってゆっくり休んでください、ね」
そう言われ、私は梓さんの言うことを聞いた。彼女の方が正論だったから。
「じゃあ、お先に失礼します……」
「はーい、お疲れ様です!」
元気のいい梓さんに見送られ、私はポアロを後にした。
帰り道をてくてくと歩いていると、携帯のバイブレーションが鳴った。この番号はベルモットか。
「もしもし?」
『Hiルシアン。調子はどう?』
「……普通。何か用?」
昨日の件もあって寝不足だった私は、今はあまり人と話したくなかった。
『そうそう、ちょっとしたお遊びをしようと思ってね』
「……何それ」
『詳しいことは手紙に書いておいてあげるわ。分からなければメールしてちょうだい。See you, Russian』
最後は英語で締め、ベルモットとの通話は切れた。
「……お遊びって……」
私は大きくため息をついた。