第5章 黄瀬涼太 *
「おやすみ」
前髪に落ちるおやすみのキス。
ゆるむ口許を見られたくなくて、目の前の胸にぽすんと顔をうずめる。
明かりの消えた寝室でそんな心配をする必要なんてないのに。
「おやすみ……なさい」
ふわりと漂うお揃いのボディーソープは幸せの香り。
規則正しく頬を打つ鼓動と、いつものように髪を梳いてくれる指が愛しくて、でも切なくて、心がまだこんなにも震える。
「結っち」
「っ、な……何?」
「もしかして……泣いてる?」
気配だけで変化を感じ取った彼の声が、空気を甘く揺らす。
「な、泣いて……なんか」
幸せすぎて──なんて言えるわけない。
それ以上何も聞かずに抱きしめてくれる腕の中、子供のように丸めた背中をあやしてくれる優しい手に、涙があふれる。
「ね、結っち。今、ちゃんと幸せっスか?」
言葉にならずにコクコクと頷くのが精一杯。だって今、声を出したら気づかれてしまうから。
「じゃあさ、もっと幸せにするから……泣かないで」
顔にかかる髪を耳にかけ、囁かれるテノールがかすかに震える。
これ以上の幸せは世界中どこを探しても見つからないのに。
暗闇の中、手探りで頬に触れる指先が、涙の跡をたどり、唇をなぞる。
もっと触って
声の代わりにこぼれた吐息に反応するかのように、音もなく体勢を変えた身体から発たれる熱に、一瞬で感染する。
「……結」
「りょ、ん……ン」
抱いて
あさましい懇願を飲みこむように重なる唇に、自ら捧げた舌先を軽く噛まれて、跡形もなく崩れる理性。
素肌を這う熱い手にあっという間に追いつめられて、シーツの波に深く溺れていく。
明日なんてこなくてもいい
このままアナタの熱ですべて溶かして
「りょ……た、涼太……っ」
うなりをあげてしなる背中に、私は悦びの声を上げながら縋りついた。
end