第2章 笠松幸男
「あれ、もー食べないの?」
くちゃくちゃと不快な音を立てた後、口の中のハンバーグを飲みこむ男に、結は心の中で溜め息をついた。
さっきから会話の内容は自分の事ばかり。
「メシ、食いに行かね?」と、強引さを男らしさだと勘違いしている大学の先輩の誘いを、断りきれなかった自分にも責任の一端はあるのだから仕方ない。
(本当の男らしさっていうのはもっと、こう……背中で語るっていうか)
うまく言えないが、目の前のちょっと顔がいいだけの男に、何の魅力も感じないことだけは確かだ。
「悪いけど私、急用を思い出して」
そう言いながら財布を取り出そうとした結は、昼時のにぎわいの中から不意に耳に飛び込んでくる声に手を止めた。
「──とにかく悔しかった」
静かなのに力強い声に、鼓膜が震える。
「オレ達がバカにされたことより、お前らとやってきた今までのバスケ全てをバカにされたことが」
通路をはさんだ隣のテーブル席に彼はいた。
「勝ってくれ」
その精悍な横顔から目が離せない。失礼だと思いながらも、結は彼の次の言葉に耳を傾けた。
「仇を取るためなんかじゃなく、オレ達が今までやってきたバスケを証明するために」
折り返されたシャツの袖から伸びるたくましい腕と、携帯を握りしめる手の甲が、怒りとも苛立ちとも異なる表情でこわばる。
心臓が激しく波打ち、結は自分でも気づかないうちに拳を握りしめていた。
「どーした?」
軽薄な声はもう耳に入ってこない。
バスケ
たった三文字の単語が、数日前の苦い記憶にバチバチと火をつける。
相手に一ミリも敬意を払わないアメリカのストバスチームと戦っていたあの。
「も、もしかしたらStrkyの……っ!」
思いがけず出た大声に反応したのは、彼の向かい側でごはん粒のついた顔を上げた大男、岡村建一と、そしてもう一人。
「な、んだ?」
一体何事かとこちらに顔を向けた彼──笠松幸男の曇りない空のような瞳に、目を、心を一瞬で奪われる。
ぼっと音を立てて頬を赤く染める彼は、あの日コートで肩を震わせていた人物と本当に同じなのだろうか。
もっと知りたい
この人のことを
(神さま!どうか私に勇気を……っ)
名前も知らない恋の神に祈りながら、結は震える足に力を込めた。
end