第11章 珈琲色
徒花(あだはな)…
咲いても実を結ばない花のことをこう呼ぶ
まるで、俺のことみたいだなって…
初めて聞いた時、そう思った
ちゃりん…
湯呑み茶碗に落とした金平糖…
「いい音…」
雨の降る吉原。
今日は近くの見世の威勢のいい客引きの阿仁さんたちの声は聴こえない。
客足が悪いんだろう。
「ちょっと智、煩いよ!」
「あ…ごめん…」
張店(往来に面した店で客を待つこと)が禁止されてからというもの、待ち時間に見世(店)から吉原の街を見ることもなくなって…
暇を持て余して控え部屋では皆、博打をしたりしてる。
ちんちろ(茶碗に賽子を振って遊ぶ博打)とかやってるのに、俺のが煩いってことはないだろう。
でも、俺は大人しく金平糖を口に入れ隅に移動した。
甘くて美味しい…
櫻井さんに今度お礼を言わなくっちゃ…
「…ほんと、なんであんなエテ公が…」
「身体がちいせぇからって調子に乗ってんだよ…」
こそこそ、俺に聞こえるように言ってんの…
ほんと、男の腐ったのって性格悪いよね。
「智ほど稼いでから文句は言うんだな」
ずいっと現れたのは、見世番をやってる松にいだった。
大正モダンとか言って、最近流行ってる横を刈り上げた髪型をしてる。
「智、櫻井様だ。準備しろ」
「あーい…」
ここは吉原最後の陰間茶屋。
本当は政府から男娼は営業を禁止されてるんだけど、ここだけどういう訳かお目こぼししてもらってるらしい。
ひっそりと、吉原の片隅で営業してる。
俺はここでは一番の売れっこだ。
だから、妬みも多い。