第11章 珈琲色
「あ!櫻井さん!」
ひたすら長い廊下を歩いていると、パティシエの制服を着た男が向かいからぱたぱたと歩いてきた。
「ああ…松本さん。いかがなさいましたか?」
「新作を作ったんです!櫻井さんに味見していただきたくて」
「ああ…では後ほど厨房に伺いましょう。あ、ご紹介します。こちらは当家専属のパティシエで松本さん。ご専門はショコラです」
「しょ、しょこら…」
二宮と大野は松本に向かって頭を下げた。
「こちらは二宮さん。庭を担当していただきます。正式にお雇いすると言ったのに、フリーターなのでアルバイトでいいということでしてね…」
「あっ…それに母が病気なので、急に休暇を頂くかもしれなくて…よろしくお願いします」
「へえ…大変なんだね…でも親孝行なんだね!よろしくね!」
松本は二宮に手を差し出した。
キュッと握手すると、今度は大野を見た。
「ああ…こちらは大野さん。当家に幾つかある古い金庫を開けることになりましてね。ご専門は鍵ということで、暫く掛かるので専属契約をしていただくことになりました」
「…大野です。よろしくお願いします」
「こちらこそ!鍵だなんて凄いね!僕には無理だなあ!」
さっとまた大野に手を差し出すと、のろのろと大野はその手を握った。
「あ。もしかして御前様の所に行きます?」
「はい」
櫻井がにっこり微笑むと、松本はちょっと顔を赤らめて倒れそうになってる。
「じゃ、じゃあ、僕も後で行きます。ちょうど午前のティータイムですし」
「ああ…それではティーセットの準備を頼めますか?本日のお菓子は?」
「はい。今日はザッハトルテを用意しました」
「ああ…ではダージリンの茶葉を」
「わかりました!では後ほど」
松本は爽やかな笑顔を残すと、またぱたぱたと去っていった。
「爽やかな方でしょう…?」
「え、ええ…」
二宮は少し怪訝な顔をしている。
大野はどこ吹く風だ。
「さ、参りましょう」
また櫻井が先頭に立って、屋敷の奥の方へと導かれる。
「御前、櫻井でございます」
大きな扉の前で止まると、櫻井はノックをして声を掛けた。
「入れ」
中から声が聞こえると、櫻井は扉を開けて中に入っていった。
慌てて二宮と大野もそれについていった。