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レマ・サバクタニ【ワートリ】

第1章 迷い込んだ宿命


 何故こんな目に遭わなければならないのか。ぐるぐると眼前が目眩く。おばあちゃんの逃げてと叫ぶ金切り声が、おじいちゃんの嗄れた呻き声が私の耳を無遠慮に叩き付けた。

──やめて。

 目の前の化け物は糸のようなものでおばあちゃんとおじいちゃんの体を、いつもお店に来てくれる常連のお客さんの体を縛り上げる。私になんて見向きもせず一人残らず。
 来る度何かしら手土産をくれるおじさんも、孫にそっくりなのという理由から贔屓にしてくれるようになったおばさんも、学校帰りに買い食いしに来る近所のガキ大将も、皆みんな拘束され苦しげな呻き声と恐怖から私の歯がガチガチと合わさる音と正体不明の化け物が呼吸する音だけがこの空間を支配していた。
 ふと、この人達が死んでしまったら私はどうなるんだろうという思いが頭を過ぎった。行く宛てのない私を受け入れ唯一の居場所をくれた人達。私の必要悪である作り話を真剣に信じてくれた人達。そんな人達が亡くなって、私が取り残されたら。

──全部、また一からやり直し。

 居場所も、勝ち得た信頼も、住む場所も、全部初めからなんて、耐えられない。それならここで死んだ方がましだ。
 震える両脚を叱咤して台所へ駆ける。目当ての棚を漁りきらりと光る包丁を取り出した。柄を痛くなる程握り締めては舞い戻り、化け物と対峙する。
 どうせ死ぬなら、この人達を助けてから。私を助けてくれた人達を、今度は私が助ける番。恐怖から包丁を持つ両手は大きく震えるがそれを振り払うようにぎりと歯列に力を入れた。私の殺気に気付いたのか今の今まで見向きもしなかった化け物が私に初めて視線を向ける。
 ぎょろりとした目玉は私を映し、私が手に持つ包丁の刃先が化け物に向く。まさに一触即発。どちらかが動けば飛びかからんとする緊迫した雰囲気の中、その声は唐突に聞こえてきた。

「すいませーん、マグロコロッケ一つ……ってあれ?」

 この場にそぐわない間延びした能天気な若年の声。人がいたのかと驚いて視線を向ければそこには高校生らしき三人組が双眸を丸く瞠った顔で此方を見つめていた。
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