第12章 Op.12 真夏の夜の調べ・2
休憩が終わり、会場に人が戻ってきた頃
シドは一人、ピアノの前に座って譜面を並べた。
「………久しぶりに、本気出すか」
小さくそう呟くと
シドの目の色が一瞬にして変わった。
Program 4
Piano:シド
Kapustin「Toccatina op.40-3」
低音から始まる
超絶技巧を思わせる疾走感
その独特なハーモナイズは
どこかジャズの香りのする
完璧に計算しつくされた
音塊の群れたち。
プロのピアニストも敬遠するその曲を
シドは完璧なまでに弾きこなす。
しかし
いつも余裕を見せてせせら笑うシドの顔に
笑みはなかった。
集中しきったその横顔が
長い髪の間からのぞく。
(すごすぎ…)
「情報屋の割には上手いよな」
舞台袖から覗いていたレオナの隣で
アランが言った。
「情報屋、なの?」
「ああ…王宮御用達のな」
「ふぅん……」
シドとはジャズナンバーのリハーサルで顔を合わせた程度で、あまり話はしていなかった。
(……すごい才能)
「おい、次出番だよな」
「うん…ジャズはあまり経験がなくて、ちょっと緊張してる」
「そうか…まぁ大丈夫だろ?アンタなら…」
アランはとん、と肩を叩いて去っていった。
弾き終えたシドには
先ほどのレオナへのそれと同じくらいの
賞賛の声と拍手が送られた。
シドが舞台袖に戻り、
そこに居たレオナに気づく。
「…よぉ、歌姫」
「シド、すごかった…!」
「あ?当たり前のこと言われても嬉しくねぇ」
シドは意地悪なせせら笑いを浮かべ、奥へ入っていった。
舞台は次に演奏される
ジャズのバンド編成にセッティングされていった。
「ああ、レオナ、こちらにいましたか」
舞台袖にいたレオナの元に、シドとカイン、そしてジルがいた。
「クロードが衣装の最終チェックをするから控室に顔を出してほしい、とのことでしたよ」
ジルはそう言うと
あらわになっているレオナのデコルテをすっと撫でた。
「…ぁっ」
ジルはくすりと笑う。
「既に…十分美しいのですが…?」
蠱惑的なその瞳に
レオナは一瞬だけ奪われてしまった。