第21章 深淵に立たされた日
新しい生活は、何週間も経ってから漸く慣れてきた。
何がどこにあるか、新しい町の買い出し場所、お屋敷の方達のお名前とお役職。
覚えることがたくさんあった。
割と平穏だったし、環境があるだけで大変ありがたい。
けれど、毎日、すっぽり抜けたなんとも言いがたい気持ちにぼんやり浸った。
日記をつけていたけど、段々と書くこともなくなり、空いてる時間は何を考えていたのか思い出せないほどだ。
夜は寂しくて、こちらに移った当初は毎日泣いていたくらいで、今はなんとか、何日に1回かというほどにはなった。
最後に貰ったお手紙を見てそれを紛らわした。
外の買い出しに夕方まで出て、やっと戻った時のことだった。
「新しいあの子、カーティス大佐の慰みものだったんでしょう?」
「らしいよ!ある意味羨ましいけどさ、やっぱツラいよねぇ。」
「結局いらなくなったからここに来させたって話だしね。」
(…人の噂って、こわいっ…)
今までの住み込みだった処も男性が多く、女性同士のいざこざに慣れてない私はあまりに凄い話になってることに驚き、その場で息を潜めた。
(なぐさみもの、か……。)
粗方間違ってはいない表現に、何とも言えない気持ちになる。
「新しいオモチャが手に入ったか、結婚するのかな。どっちなんだろうね!?」
ズキッと胸が傷む。
最後のあの優しかったジェイドさんは、やっぱり嘘だったのだろうか。
手紙の内容も、私を落ち込ませない為に書いてくれていたのか。
段々とわからなくなっていく。
「もう良いお年だったわよね?」
「そうよねぇ。あんな若い女の子だと、やっぱり身体しか興味なかったんじゃないかしら。」
(そ、そうだよね……。)
普通にそう考える、と私も思った。
いつもの私に対する振る舞いも、最後の一夜も、きっとなんともないことだった。
好きすぎて私が判断出来なかったに違いない。
(私の片想いでいいんだよね…。)
ずきずきとする痛みを引きずって、私はその場を後にした。
今日の報告と領収証をまとめてのんびりとお茶を飲む。
日記に挟んだジェイドさんの手紙を見た。
いつまでも待っているとは思ったけど、ジェイドさんが先に結婚しちゃったらいよいよ私は立ち直れない気がする。
はぁっとため息をついた。
「ルルさん、夜分にすみません。」
「あ、はい。」