第9章 5日目の好色
「なんで聞こえないようにしたんだよ。」
昨夜の話を幼馴染みにしていると、グラスをテーブルに音を立てながら置かれた。
相変わらずの物言いに呆れる。
「なんででしょうね。急に後込みというものをしましたねぇ。」
呑気そうに返すと、イライラとした溜め息が聞こえた。
「俺がせっかくあそこまでやってやったのに。」
「頼んでいませんけど?」
「違うだろう、そこまでしないとお前のその鈍感さは…」
「はいはい、長年片思いしてる方には敵いませんね。」
「……もういい。」
綺麗な背筋をいつも見ないほどに曲げて、カウンターに項垂れてひっそりそう彼は言った。
昨日の出来事は勿論切っ掛けを作ったに過ぎない。
私は確信を得たが、彼女はどうなのだろうか。
反応そのものは好感触と言えるだろう。
しかし、もしこの好意を伝えても、恩返しの延長線と捉えられていたら……。
彼女をまさぐりながら、瞬時にそう判断して、気持ちを伝えるのを逸れた。
果たして正解だったかはわからないが。
もし彼女の未来を、私利私欲の為だけに邪魔してしまったなら、後からその後悔に耐えられるだろうか。
そんなことを考えていた。
「欲しいものは手にいれないと済まない性質だったのですが、年でしょうか?」
「ちげえよ。そういう時こそ、何が何でもって思わねえといけねえんだよ。
邪魔になるとかならないとかじゃねえ。
これでよかったんだと思わせられるようにならねえと!」
語尾を強くして陛下は力強く私の背中を叩いた。
音も大きかったが、全身に言葉と共に響いた。
「……私、華奢なんですから、折れちゃいますよ。」
「んな弱かったらその肩書きひっぺがえしてやる。」
二人で昼間に酒を交わして笑ったのは、かなり久々だった。