第1章 まじない事件
事件が起きたのはある爽やかな早朝のことだった。
俺はいつも通り近侍の役目の一つとして、主を起こそうと主の自室に赴き、襖の外から声をかけようとした。
「ひっ!?えっ!??なん…」
「?!…主!失礼します!!」
ひどく困惑したような主の細い悲鳴が聞こえて、俺は主の了承も無いままに主の部屋の襖を勢いよく開け放った。
そこで見たものは呪詛を体現したような、手のひら大の芋虫のような黒い物体と向かい合う起き抜けの主の姿だった。
「は…長谷部…」
「触れてはいけません!そのまま動かずに…俺がそちらに参ります。」
幸いにもまだ触れていない様子だし、呪詛と思しき物体の動きは不気味ではあるが緩慢だ。
主の自室で不敬ではあるが非常時だと、俺は本性を抜刀し主のもとへと駆けつけた。
「長谷部…!」
「お掴まりください!」
恐怖で震える主を抱き上げて呪詛を睨んだまま距離を取る。
動き自体は緩慢だが、主のことは確実に補足しているようで、ゆっくりと距離を置く俺たちの方向へ顔と思しき面を合わせてくる。
(これは…やっかいな事になるかもしれない。)
漠然と不安を掻き立てられた。