第9章 別邸
ウィスタリアの暑い夏が過ぎていくとともに
イリアも王宮の仕事や暮らしにかなり慣れてきた。
休暇はあまり取れないものの
仕事は殆どジルと共に行い、
たまにそのまま星の観察も一緒にすることがあり
イリアはジルとの距離も少しずつ
縮まっているように感じていた。
以前のような緊張感はあまりなく
ジルの温かい眼差しは、いつも優しく
イリアのことを守ってくれているようにも感じられた。
夕暮れ時の空気が少し涼しくなってきた季節
イリアは一人、ジルの執務室で仕事をしていると
扉をたたく音がする。
ジルが戻ってきた。
「…イリア、急なのですが、明日から3,4日ほど城を空けることになりました」
「どこかへ出かけられるのですか?」
「プリンセスが、ハワード卿と王宮の別邸で過ごされるので、ユーリと私が帯同することになりました」
「プリンセスが…」
ジルの言葉にイリアは少し顔をほころばせた。
以前から、プリンセスがハワード卿に興味を持っていることはイリアも知っていた。
実はジルには内緒でプリンセスに星を詠んであげていたこともあった。
ハワード卿とプリンセスの相性は星的にも良く、ハワード卿がプリンセスに惹かれるのもイリアには分かっていた。
ジルは少し寂しそうな顔を浮かべる。
「本当は、貴女も連れて行って差し上げたいのですが…」
「いえ、私は」
「貴女にはここに残ってやって頂きたい仕事もいくつかありまして」
城を空けている間、イリアがやれる範囲でジルの公務を引き継いで欲しいとのことだった。
「わかりました、できるだけやっておきますね」
「ありがとうございます」
ジルは優しくイリアの髪を撫でた。
その深紫の瞳を見上げて、イリアも微笑み返した。
朝日が降り注ぐ中
プリンセス、ジル、ユーリを乗せた馬車が
正面玄関から出発していくのを
イリアは私室の窓から見つめていた。
王宮に来てから
これだけ長くジルと離れ離れになるのは
初めてだった。
(3,4日なんてあっという間だよね)
馬車が見えなくなるまで見送ると
イリアはいつもより遅い眠りについた。