第11章 気掛かり
そういう藻裾の秘密を、デイダラは守ってやるべきだと思った。
誰にでも傷はある。
野生の動物のように体を縮め、身を隠し、じっと癒やしたい傷が。
卓の上のくしゃくしゃの紙にぞんざいな地図を書き付け、デイダラは顔を上げてそれを鬼鮫に突き付けた。
「ここに旦那がいるか、牡蠣殻がいるか、そりゃ保証の限りじゃねえ。宛が外れてもウダウダ言うんじゃねえぞ、うん?」
受け取った鬼鮫は詰まらなさそうにそれを懐に収める。
「わざわざそんな事を言いに来る程、私はあなたを好いちゃいませんよ。安心しなさい」
「は。頼むぜ、爺さん」
「…いい加減にしないと削りますよ」
「…オメェなぁ。少しは感謝しろよ。俺は言い告げ口は嫌いなんだぞ。それをわざわざ…」
「ああ、そうですか。それはどうも。…恩に着ますよ、デイダラ」
ほんの一瞬、真顔でデイダラを見やって鬼鮫は踵を返した。
「居なくても暴れんなよ、おい」
背中に声をかけたデイダラへ、鬼鮫が振り返る。
「まさか。それならばまた探すだけですよ」
薄笑いが嫌味ではない。一時ポカンとしたデイダラを残し、鬼鮫は長い外套の裾を翻して出て行った。
「…ま、なら探しゃいいさ。うん」
したいようにすればいい。
仕様もない連中が集まった暁だ。各々好きにすればいい。
前よりゃちっと、付き合い易くなったぜ、鬼鮫。マシになったってヤツだな。うん。
隙間風が吹き込んで、伽羅が匂った。
アンタが杏可也さんを彫り出すなら、アタシもそいつを見てみてぇな。
そんな便りと一緒に香木を送って来た藻裾。
デイダラは小刀を手に卓に座り直した。
一心に香木を彫り出す手に、今ある気掛かりが表れる事はなかった。