どうやら私は死んだらしい。【HUNTER×HUNTER】
第8章 君の理由
『それ以降は、貯金を切り崩しながらの生活だったわ。今までの稼ぎがあったから昔ほど苦しくはなかったけど、失った信頼を取り戻すことは最早不可能に近かった。だからおじさんは、事務所を畳むことを余儀なくされたのよ。そしてその頃から、おじさんは酒に溺れるようになっていった。元々、酒に呑まれる質だからって、薦められようが滅多に飲まなかったのに。……足をふらつかせて帰ってくるような日は、手をあげられることも、しばしばあったわ。でもそんな日の翌日はとびきり優しくて、もう酒はやめる、って、口癖のように言ってたっけ』
サキが思い浮かべるのは、顔色の悪いおじさんがよろよろと椅子に座り、両手を額に当て項垂れる様子。
『……しばらくして、おじさんは新しく事業を始めるんだって、今までの稼ぎのほとんどを注ぎ込んで会社を興した。いえ、興したつもりでいた。要は騙されたのね。おじさんは職を失った挙げ句、多額の借金を背負うことになった。あたしはあたしで、今までに培った技術で小金を稼いではいたけれど、15になったあたしは、それまでのように子役としてスタントするのは難しい体つきになっていた。それで……』
サキは、はぁ、と大きくため息を吐いた。
瑞々しい青葉が風にそよぐ。
鳥達がチチチとさえずり、千の滴を抱く街はきらきらと柔らかな光を放っていた。
『その日は長く続いた雨上がりで、太陽の香りが3階に住むあたし達の部屋まで立ち上って来ていたわ。それが気持ち良くて、あたしは朝から窓を開け放していたの。おじさんは前日から帰ってなかったけど、もうあまり気に留めていなかったわ。酔いを冷ましてから帰宅することも多くなってたから、それだろうって。でも、夕方になって玄関を開けたおじさんは、今までにないくらい強かに酔っていた』
早くなる鼓動を抑えるように、サキは呼吸を止める。そして、ゆっくりとひとつ瞬きをして、小さく息を吸った。
『……簡単に言えば、犯されかけたわ。上着の下から手が入ってきて、無理矢理キスされた。あたしは当然、抵抗したわ。……手加減なんて、する余裕が無かった』
おじさんらしき黒い影の向こうに、赤らんだ空が目に飛び込む。
『窓を、開けていたのよ。珍しく。だから、あたしが突き飛ばしたおじさんは……足を縺れされながら、無防備に窓の外に消えた』