第2章 ひとつ振って
『わすれないで』
瞼を閉ざせば、泣きそうな貴方がいる。
伸ばされた白い指も、コンクリートを彩る黄金の髪も、降り積もる儚い氷の結晶も。
【あの日】の全てが蘇る。
『ねぇ、すぅちゃん』
返事を求める姿は幼い。
幼いままに、時を止めてしまった。
『ダメだからね、わすれちゃダメよ』
縋る声に溺れるように、抱えた膝に額を擦り付ける。
(―――忘れないよ)
口には出さず、きつく目を閉ざした。
大丈夫、と。
何度も何度も繰り返す。
今にも泣き出してしまいそうな青い瞳を、笑みに変えたくて。
『ねぇ―――わすれないで』
潮が引くように遠ざかる彼女の声を追って、顔を上げる。
当然、そこに彼女がいるわけじゃない。
「みぃちゃん……泣かないでよ…」
貴方のことは絶対に忘れないから。
くぐもった願いは誰にも届かずに、青空へ吸い込まれていった。